予兆のこと

 

 実のところ、正月からめでたく救急科のお世話になる2週間ほど前、尋常とは思われないほどの頭痛に襲われて丸一日寝て過ごした、ということがあった。今思えばそれが全ての始まりである。だがその時は当然ながら、自分の動脈が損傷していることや、それを放っておくと致命的になり得ることなど知る由もなく、「とんでもなく不快な頭痛だったな……まあ治ったからいいか……」などと宣いつつ能天気に年末へ突入してしまったのであった。全然まったくひとつも治ってないし、能天気ではなく脳卒中になりはじめていることに、この時点では気付いていなかった。

 ただ、正常性バイアス的な何かというか、病院に行ってコロナを持って帰る方が危ないよね、もうアルファ株が来てるかもしれないしね、というような認識が、いや違う、正直言って、私より後に進学して私より先に就活を終えた親族が実家に凱旋しており、それどころではなかったのだ。私の小さな小さなプライドは静かに絶叫していた。年末のクソ忙しい時に検査行きたいなんて言ったらこいつ凱旋将軍ばかりチヤホヤされるのが嫌だからってなんか変なアピールで気を引こうとしている情けない奴と思われるかもしれない。自分の部屋を明け渡してリビングの端っこで生活するよう命じられたのがそんなに気に食わなかったか、いつまでもゴネやがって、誰の慈悲で屋根の下に入れてもらえてんのかわかってないね…………このような騒ぎを引き起こしたくはない。今は臥薪嘗胆、自立できるまで耐え忍ぶのだ。私は項羽ではないから平気で捲土重来を狙っていく。都合の良いプライドだな。

 発症まであと24時間、痛みも違和感も無く、ついでになんか尊厳というものが無いような気がする以外は普通の大晦日であった。ちなみにこの後、病院で尿道カテーテルを入れられる瞬間に、私に残された最後の尊厳が再発見された。看護師さん3人くらいに見守られながら袋の中にすげえ大量のおしっこを出した。最後の尊厳は砕かれた。

 

 こうして書き出してみると、君本当人生失敗上手というか、全ての判断が間違っているというか、何もかもアホとしか言いようがない。そういうコントか?こんなに綺麗な失敗の連鎖ってあるんだ。『メーデー!:航空機事故の真実と真相』で紹介されるやつじゃん。そしてこの時家から一番近い大病院は医療崩壊寸前であった。よく受け入れてもらえたな。アホの私がなぜ生き延びてしまったのか、なぜまだ生きているのだろう、こんなに人様に迷惑かけて生きてられるなんて信じらんないね、世が世なら切腹すら許されない間抜けぶりだよ…………この罪悪感が社会復帰の動機の一部となるのだが、それはまた別の機会に書こうと思う。おわり。